読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

想像すること。

危機感だけが人に考える力を与える。

村上龍が「想像力」について述べた文章がある。想像力は生きていくうえで非常に重要な概念だと、学生時代に強く思った。

自明なことだけれど、ここでいう「想像」とは決して思春期に伴う「妄想」とは意味が違う。想像力とは、思慮することで自分自身の行動を客体視し、仮定的に省察をすることにほかならない。自らの行動によっておこりうる現象、他人の機微、それらを「想像」すること。言葉を変えれば思考実験とも呼べる。ジョン・レノンのimagineとも呼べる。


想像すること

シリコンバレーツアーに応募したことは、このエントリーで伝えた。それから僕は「JTPA Silicon valley ツアー」の告知に記されたある質問に対して想像する毎日を過ごしている。

質問3. このツアーが自分の将来にどのように役立つと思いますか?


この質問に対して、僕はこう表現した。

僕は人として成長し続けることを希求し、故郷を離れました。成長を求め続ける過程で、梅田氏と江島氏に邂逅し、SVを知り、「環境の選択」という概念を学びました。

いつしか僕にとってSVは、エンジニア以前に人としてより良く生き、成長し続けることと強く繋がっている場所であると気付きました。SVでの圧倒的な出会いと経験は、考え方や生き方を根本から揺さぶり、これから先の人生で、自らを困難な状況から救い上げる確かな力になると強く信じています。


僕はウェブ・アプリケーションの技術者になりたい。まだプログラムを学び始めたばかり(フレームワークを目定め中)で、まだ「hello! World」のレベル。だから、実際にその技術で何が出来るのかがハッキリと分からない。シリコンバレーでの体験が、技術とどういう風に関わり自らがどう展開できるかと、技術的な表現が出来なかったことが今でも悔しい。

当然のことだが、危機感というものは簡単には持てない。危機感をキープするのは辛い。

それは危機感を産む想像力を磨き続けることで、絶え間ない自己監視が必要だから決して楽しくないし、他者に飢え続けるわけだからエネルギーが要る。だからそれを「修業」にしてしまうと、逆に想像力は死んでしまう。

「すべての男は消耗品である」 村上龍

実際にシリコンバレーツアーを体験したらどうなるか。まだ決定していない状態でこういったことを考えるのは、自分が参加を許可されると思っている傲慢な奴だと思われるかもしれない。けれど、参加を許可された場合、「体験したらどうなるか」と考える想像力が限定もしくは希薄してしまうのではないかと危惧している。「絶対に行きたい」という危機感が、参加が決定した時点で「安心」することで薄れてしまわないか。


だからこそ、この参加出来るか出来ないかの状態で想像することに意義があると思う。自分を客体視する想像はひどく疲れることだけど、それを実行しなければシリコンバレーツアーに参加する準備は整わないことになる。


レシピエントでいることの苦痛

僕は以前このエントリーで「可能性に対する追求」を辞めたと宣言した。そしてその中で、「ウェブに関わって生きたい」という志向性を、自らと向き合い明らかにした。そこでウェブに関わって生きるとは一体どういったことなのか?あまりのも漠然としている。ただ、一つだけハッキリとしていることは、レシピエントでいる苦痛を抜け出すことを心に決めたことである。

ウェブから多くの恩恵をもらい、それらを使っている内にプログラマに対して、素直にそして謙虚に尊敬の念を抱くようになった。純粋にカッコイイと思った。「何だか使い勝手が悪かったんで、自分で作っちゃいました」的な発言。カッコ良すぎる。。。

僕は学生時代に物理を学んだ。今振り返れば、専攻という脅迫的正当性からウェブに抱く自らの志向性を排除する思考があった。しかし、今現在僕は素直に志向性に従い、ウェブに対して絶対的な信頼を寄せている。現在進行形で突き進むウェブ時代を、心の底から歓迎している。


ウェブを信頼してから、気兼ねなくどっぷり浸かるようになった。一日中ウェブと関わっていても苦しくない。むしろ新しい知識が増えていく楽しさがあった。けれど、いつしかレシピエントでいる苦痛を感じるようになった。ただ情報を傍受すること、サービスを提供される側に居座り続けることに。


僕は今現在、リアルでは会社に「気持ちだけ」参加し、ウェブでは志向性に沿った生き方をしている。シリコンバレーツアーでの体験は、その気持ちの比率を積極的に、より大きく変える決定的なモチベーションになると思う。職場で例え無能扱いされたとしても、自分自身には存在意義を感じる場所がある。レシピエントで終わってしまう生き方を脱却する方法が、シリコンバレーにはあると強く思い続け、想像を繰り返す毎日を過ごしている。