読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

努力をしても。

人生の時間は有限なんだし、満遍なく努力しても、コモディティ化してしまうと思うからです。

「梅田望夫、『ウェブ時代をゆく』を語る」

日本的な文脈の中では「努力は必ず実る」という概念がある。努力さえしていれば、辛酸を舐めていても、必ずや時間が経過すれば実現する、と。

しかし、ここでいったい「努力」とは一体なんだろうか。

僕は学生時代にサッカー部に所属していた。その中で「走る」ことは僕の中では努力だと思っていた。その延長線上でフルマラソンや駅伝にも参加した。確かに考え方によっては「努力」に当てはまるかもしれない。けれど、強調したいのはそれによってサッカーが上達することはなかったということ。

「努力」とは、優先順位を明確にし、精神論ではなく、科学的な経緯を経て、効果を確認できることを言う。効果の出ない「努力」は、単なる自己満足に過ぎない。日本的文脈の中では、そういったアナウンスが為されていない。少なくとも僕はそう思って行動している。


信頼する(勝手にだけれどw)id:umedamochio氏が、拡散した努力ではいずれコモディティ化すると示している。これは僕にとって大きな発見だった。

やはり僕は「fix it」ではなく、自分が苦手なところからは逃げてでも、自分の生来の強さや志向性で勝負したかった。

心にしみる。。。