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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

追いつかないから

しかし素晴らしい言葉にはそう簡単には出合えません。たとえばコンファレンスに終日出席してもわずか一つとか、何冊か本を読んでもやっと二つとか、いくつインタビュー記事を読んでも全く見つからないとか、そんな試行錯誤を繰り返しながら、切れ味の良い言葉が、そこかしこに落ちているものではないことも知りました。とにかく数当たることが何より大切で、大量の言葉に接することなしにはこの勉強法は成り立たないので、このことに費やす「時間の優先順位」を高くして、たくさんの時間をなんとか捻出してきました。

新著「ウェブ時代 5つの定理」2月27日刊行

これを読んで、「そんな生活をし続ける事は苦しいのではないか」と率直に思った。膨大な時間に対して、得られるものが少ない。たとえそれが真実だとしても、やっぱり僕はそれなりの効果をひそかに期待してしまう。自分の生き方や方向性に確信が持てるからこそ、実行できる方法ではないだろうか。

だけど、さんまさんと糸井さんの対談に「ハズレをつかむ」という表現が、僕のうやむやとした疑問に理解へのヒントをくれた気がした。

動物もののドキュメンタリーを見るのも、 スペインのサッカーを見るのも、 手でこう、くじをつかんで、ハズレを引いて、 何回も何回もハズレを引いて、 やっと当たりを見つけたい、みたいなことで。
ハズレをつかむ快感

前提として、「何回も何回もハズレを引」くから当たりが分かるのかもしれない。サッカーの例えは良く分かる。このエントリーにも書いたけれど、僕は沖縄を離れるまでサッカーの試合をテレビという媒体を通してしか観た事がなかった。その中で、どうしても観るに耐えない試合ってのは頻繁にある。その逆に、画面越しからでも引き込まれる名勝負はあっても年に1回あるかないか。


そうか、この感覚なのか。今なら「数当たること」の重要性もスーッと理解できる。本当にいいものを逃さないための訓練をしていたってことだったんだ。