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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

人はあるとき、自分自身の希望に、「出会う」のだ。

シリコンバレーツアー 出逢い ロールモデル

もっと省察を深めて書きたいから、これらの言葉についてはまた後日。
裏シリコンバレーツアーを通じて -僕が学んできた言葉 - 読谷の飛行場に想う。

というわけで、前回のエントリーの続きです。

旅で得た決定的なものを、端的に一言で表現すれば「絶望」でした。僕の考え方や生き方を考え直し、場合によっては全てを変えてしまうような人たちや概念と出会いました。その出会いには無力感や後悔、そういったネガティブな感情を孕んでいました。語弊がないように言えば、それらを的確に表現するものは「絶望」以外になかったということです。


シリコンバレーは、町自体いたって普通で、町に圧倒されるということはなかった。僕が圧倒されたものは一体何かというと、触れ合った人々に対してでした。僕が持っていない専門性を持っている人々だった。僕が持っていない能力を持っている人々だった。ツアーの参加者を含め、その人たちと触れあう度に、何も持っていない自分をまざまざと見せつけられる感覚に侵されていった。「自分は何て無力で、無価値なんだろう」と。慎みに欠ける表現だけど、ツアー中にこのまま消え去りたいって思いもした。僕の存在が許せなかった。

でも、そういった極度なストレスを抱いた中で、自然と「自分は自分」っていう当たり前のことに気付いた。生まれた所が違うし、もちろん環境や対象や努力の量が違う。その中で得られる情報や出会いも違う。選択肢も違う。本当に、そんな当たり前のことを、まるで遠い過去に自分自身が書き込んだ手帳やノートの言葉に感銘を受けるように、文字通り僕は発見した。僕が生まれ育った場所では(少なくとも僕の周囲の世界では)、「専門性を持つことの優位性」っていう概念が希薄だし、英語の重要性だって「英語?出来ればカッコいいよね」っていうぐらいのプライオリティーだ。もちろんそこには、僕自身の感受性の低さが含まれているけれど、環境やそこの文脈が僕を支配していたことは予想に難しくない。

村上春樹さんが表現するように、自分自身の欠落を埋めることが出来るのは、まぎれもなく自分自身。他人がやってくれるものじゃない。「嫉妬心を殺せ。僕は僕だ」シリコンバレーという土地に赴いて、初めて僕は理解した。


●他者との出会いによって、文脈に気付く瞬間
とても幸運なことに、シリコンバレー最終夜にNさんejimaさんと時間を共にすることが出来た。それだけで、ひとつのエントリーが書けるので(ツアー参加者は基調講演の内容から察すればお分かりいただけるかと・・)、その件についてにはまた詳述します。ここでは、その道すがらの出来事など、Nさんの「言葉」を書き殴ります。

有難いことに、数人の参加者とNさん、ejimaさんと夕飯を食べにいくことになった。行き先を色々と話し合っているとき、歩行者がひとり歩いていた。僕らの横を通り過ぎる瞬間だった。ここでいう僕らとは、勝手に僕とNさんにしています(笑)僕は「外国人のファッションって参考にならないですよね」と言った。ちょうどその時は、日が暮れ、やや肌寒い時間帯だった。「ティッシュもらっていいですか?」「どうぞ」っていう質問みたいに、僕はある程度答えを自分の中で用意していた。「そうだよね。彼らの感覚は僕らの『寒い』とは違うね」といった同意を。

参考にならないもなにも、彼の感覚と自分は違う。だから、参考にならないのは当たり前だよ。

シリコンバレーでの数日で、僕は「自分は自分」という概念を改めて理解した。けれど、それは言動と一致していなかった。この言葉には、大きな驚きと概念を体現した人との出会いへの幸甚がある。僕はとても嬉しかった。そして、Nさんはとても信頼できる人だと直感的に思った。その後の会話から、その感覚はより深まっていく。

限界はその人が決める。

夕飯は中華に決まった。そのお店に向かう途中での言葉。どういったくだりかは覚えていない。使い古された言葉かもしれない。けれど、信頼できるNさんが発する言葉には、巷に溢れるものとは違った色彩を帯びていた。言葉自体に引き込まれたというか、その言葉を発するNさんの表情や声、そういった全てが僕に強い印象を与えた。

年上から学ぶことなんて全くない。それは結果論だ。宝くじで3が付くものを買い続けて、たまたま当たっただけ。確かに「買い続けた」ことは評価していいけど、君も同じように3が付くものを買い続ける必要なんて全くない。

夕食後に場所をかえ、深夜遅くまで話をした。その中でメンバーがある体験からの疑問を基に、Nさんにこう質問した。「年上からの指摘に対してどういった反応をとるべきか」間髪入れず、Nさんは上述のように答えた。受け取り方は色々とあるだろう。けれど、僕が引き込まれたのは、その回答の早さだった。

村上龍氏がジム・ロジャーズをこう表現している。

そんな明快でシンプルな答えは聞いたことがない。もちろんジム・ロジャーズは回答を前もって準備しているわけではない。日常的に考え抜いているので、そのような正確な即答が可能なのだ。
「冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行」 解説より

明確な回答に続けて、そこに付随する確固たる個人の責任。既存の方法を選択をすることへの隷属、搾取。また、好きなみつけることは難しいこと。彼のアメリカでの生活など包み隠さず、言葉を尽くしてくれた。シリコンバレーでの最終夜、力強い「大人の流儀」を感じた。


●泣き出しそうな程嬉しかった「言葉」

待ってるから。

最後に握手をした。その時に送ってもらった言葉。不安を抱えつつも、好きなことを探し続け、搾取されないために強く生きる。そうありたいし、そうなりたいと思う青年に「限界を自分自身で決めるな。努力を怠らずに、考え続ければ出来る」と投げかけられているようだった。これ以上の餞の言葉があるだろうか。僕はNさんに出会えて本当に良かった。彼に出会い、言葉を交わすことで、僕は自分自身の希望に「出会う」ことが出来た。

希望は簡単に手に入るものではない。それに、日本のような成熟社会では、希望は、国家や会社から与えられるものではなく、信じたり念じたりすれば手に入るようなものでもない。「勝ち取る」というものでもないし、探していればそのうち見つかるというものでもない。

人はあるとき、自分自身の希望に、「出会う」のだ。
「それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい」 あとがきより 村上龍