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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

僕は、親父の前で泣きながら刺身を食べた。

「涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない」

仰々しくゲーテの言葉を冒頭に持ってきて申し訳ないです。ふと思い出したので、メモ程度に書いておきます。どういった話かというと、親父と交わした言葉についてです。これまで僕が親父に対してどういった感情を抱き、そして今に至ったかを、つらつらと書きます。


僕が19歳の頃だったと思う。どういったことが発端かは覚えていないけれど、僕は深夜お袋と口論をしていた。そして、その口論の話の中で親父が出てきた。僕は親父のことを確かこう吐き捨てた。「親父なんて、死ねばいいんだよ。あんなロクでもない野郎は。アイツがオレに何をしてくれた?オレは今まで何もしてもらったことはない。オレは自分の力でここまで来たんだ!」


あなたは何も分かっていない、とお袋は僕に言った。「台所を見てごらん。今日お父さんはあなたのために刺身をおろしていたんだよ。手に怪我までして。それをどうしてー」
「オレはそんなこと『一切』頼んでいない」 過度にある部分を強調して、僕はお袋に冷たく言い放った。僕はそのまま就寝の準備に取りかかった。お袋は顔を手で覆っていた。



目覚めは朝の10時を過ぎていた。行くつもりの無かった講義の時間にはもちろん間に合わない。僕はゆっくり学校に行こうと決めた。リビングに行くと親父がいつもの席でたばこを吸っていた。僕と親父以外は誰も家にいない。朝から最悪の気分だった。コイツは働きもしないでいい気なもんだ、と心の中でつぶやいた。


僕は親父の向かいの席に座った。親父はスポーツ新聞を読んでいた。新聞の読み具合を見ようと一瞥したとき、彼の手元が視界に入った。左手がこれでもか、と包帯でくるまれている。ぐるぐる巻きの包帯の上から、血が滲んでいるのが分かる。僕は昨夜お袋と話した内容を思い出した。少し申し訳ない気持ちになった。でも、僕は何も言わなかった。言うつもりもなかった。そして、親父も一切何も言わなかった。僕は冷蔵庫から刺身を取り出した。別に親父に対して義理とか、感謝とかそんなんじゃない。ただ食べたかったから。それだけのこと。


ご飯とみそ汁をよそって食べ始めた。刺身が美味かった。自然と箸が進む。親父が視線を移さずに「美味いか?」と訊ねた。僕は「あぁ」と答えた。そうか、美味いか。それなら良かった。


若干の沈黙のあと、親父は小さな、ほんとに小さな声で僕にこう言った。

あのな、父さんたちの会社はもうダメかもしれない。

僕の親父とお袋は地元で自営業を営んでいる。僕が生まれる前からある小さな小さな自動車修理工場だ。僕は箸を止めずに親父の話を聞いていた。初めてきく、親父からの弱音だった。

何をやっても上手くいかない。返済が間に合わないし、どこもお金を貸してくれない。もうダメかもしれない。

親父は今にも泣き出しそうな声だった。今まで、どんな時もいかなる時も、揺るぎない自信を振りかざしていた親父が、息子に見せた初めての弱音だった。


僕は気付いたら泣いていた。泣きながら刺身を食べていた。

オレは父さんが弱音を吐いている所なんて見たくないんだよ。頼むから、頼むから弱音なんて吐かないでくれよ。父さんはいつも自信過剰ぐらいがちょうどいいんだよ。だから、頼むよ。

自分自身の発する言葉を受け、初めて僕にとって親父がとても大きな存在だという事実を知った。一人の人として、苦しみ悩み、生身の人間である「彼」を目の当たりにした。親と子という関係ではなく、個人として親父は僕に話しかけていた。その瞬間からだと思う、今まで抱いていた親父への怒りや憎しみ、蔑み、嘲りが不思議と晴れていったのは。




僕が涙を流しながら刺身を食べた日。食器を片付ける僕の背中に向かって、親父が言った。

男は人前で涙を流すものじゃないぞ。しっかり覚えておけ。

僕は親父に何も言わなかった。僕らは一度も目を合わせることはなかった。けれど、今でも鮮明に覚えている。事業はうまい具合に復活したようだ。今でも親父は細々と、親父や僕ら兄弟の名前の一部を冠した会社を守り続けている。いつか、遠い遠い先だろうけど、いつか親父を「超えた」と思えたら本人に向かって「親父」と言いたい。そんなことを目標としながら、僕は生きている。