読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

青春の暗い情熱とポニーテール

僕は「赤坂」の扉を引き、肩口の雨粒を払いながら、奥へと続く短い回廊に歩を進めた。大分への来訪の連絡を受け、定かではない屏風の存在と問への問を反芻し続けた。反芻し続けていた。答えはない。見つかる気配すら無い。その場にいる僕は、さもしくも解を求め、横浜逍遙亭の敷居を跨ぐ存在だった。

以前中山さんは、村上春樹から「カジュアルな格好のよさ」を学んだと表現している。そこには「走ることについて語る」を通して感じた「格好のよさ」とある。僕には疑問に満ちていた。

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僕の人生にもそのような輝かしい日々が、かつては存在したのだろうか?そうだな、ちょっとくらいはあったのかもしれない。しかし、もし仮にそのころの僕が長いポニーテールを持っていたとしても、それは彼女たちのポニーテールほど誇らしげには揺れていかなっただろうという気がする。
走ることについて語るときに僕の語ること

「僕はおそらく、僕の真横をポニーテールが優雅に颯爽と走り行く姿を許せはしない。並走するか、もしくは追い抜くか。とにかく、それを静かな心持ちでは受け入れることは出来ない」と中山さんに語った。自明なことだが、中山さんの前では虚言や衒学は不可能だ。僕が感じる言葉が洗練を避け、ありのままに、省察における自己への反駁のままに形となっていった。中山さんの表情はとても柔らかかった。鋭さと嵶やかさに満ちた眼光を織り交ぜながら、頷き、笑顔で青年の吐露を受け止めてくれた。

僕自身が中山さんの境地に至ることは、まだない。それは概念が受け入れがたいということではなく、根本的に思索が不十分だ。僕はまだ嫉妬心を殺してはいない。そこで理解を模倣したところで、それはまさに衒学に他ならない。


中山さんから「あなたの質問は本質的だ」という言葉を受けたとき、僕はこれまで歩み抜いてきた全てを思い起こした。僕は「本質的なこと」を求めて続けてきた。もちろん今でもその気概は色褪せてはいない。しかし、その姿勢の如何を求めるなかで、判断基準は常に自己にあり、迷いに満ちている。そういった「暗い青春」のなか、彼が「生真面目さ」と評してくれたことを誇りに思う。これは僕にとって、大いなる救いだ。

ただ、これは僕の「ある一面」に対する表現だということを忘れてはいけない。「生を容易ならざるもの」との対峙で何度となく挫け、惰性を貪ってしまうきらいが僕にはある。「青春の暗い情熱」と向き合い、ネイチャーとして昇華できるために僕がすべきことは、まだこれから種々としてある。その「生真面目さ」が一過性の姿勢ではなく、僕のネイチャーとして根付くことが出来れば、僕は「生を容易ならざるもの」に決して屈することはない。