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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

シリコンバレーで得たもの、決別したもの その2

シリコンバレーツアー 比嘉正也

前回からの続きです。

さて、決別したものは何だろうか。 それは「好き」に対する盲信、学歴や境遇による「嫉妬心」との決別でしょう。僕はこの一年間で、少しずつ、やっと決別できたと思っています。
シリコンバレーで得たもの、決別したもの その1 - 読谷の飛行場に想う。

「好き」という感情は自然発生的に湧き上がると、「好き」という対象はある日唐突に、目の前に現れるものだと思っていました。そして、「好き」な対象と感情を見つけ出した自分自身はきっと確固たる信念と自信に満ち溢れているだろう。シリコンバレーから帰ってきて、憧れの世界や人々と触れ合い、そう信じるようになりました。「好き」を見つけ出していない僕は、きっと仮初めの状態なんだと自身に叱咤を繰り返していました。


でも、未だに見つからない。


一年が経過した今、僕は「好き」な対象とそれに抱く感情を見つけていていない。そういった感情が渦巻く中、僕の中にあったのはシリコンバレーを一緒に旅した友人への嫉妬でした。僕の周囲にはなかった環境や機会を得ている彼ら彼女ら。帰国後、彼ら彼女らが溌剌と互いの「好き」を媒介に関係を深めていく様を傍観しているのは、恥ずべきことですが嫉妬が満ち溢れていました。時折見せる「好き」に従い、書籍をひろげ、手を動かしたとしても彼ら彼女らに対する嫉妬から発生した趣味的な感情*1ではないかと自問自答を繰り返していました。


そういったなか、ブログを通して多くの人と出会いました。裏シリコンバレーツアーのエントリー*2をキッカケにして、僕の想像を遥かに超える勢いで繋がりができました。嫉妬から抜け出すには行動しかないと思い、素直に、会いたいと思う人と直接言葉を交わす機会を求め続けました。その出会いのなかで、言葉を交わすなかで、僕は少しずつ「好き」に対する盲信、学歴や境遇による「嫉妬心」との決別ができたと思います。


「好き」という感情は簡単には見つからない。


道ばたに落ちている石ころのように、簡単には手に入らない。自分自身の生き方に対する覚悟や責任を築く過程に付随する感情だと思うようになりました。つまり、「好き」は生き方のなかにある。「武士の一分」のように、「最後の最後で譲れないラインはどこにあるのか、それを忘れ*3」ずに生きるなかに見出す感情だろうと信じるようになりました。

*1:http://d.hatena.ne.jp/Ryu-Higa/20080508/1210265898

*2:http://d.hatena.ne.jp/Ryu-Higa/20080404/1207315726

*3:http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20090204#1233710345