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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

祖父の涙と時代を意識すること

シュンポシオン 家族 沖縄

無趣味のすすめ

無趣味のすすめ


今日、小野さん(id:sap0220)といつもの赤坂で、ビールとお気に入りの鶏料理を平らげていきました。日々を平凡に過ごすなか、僕にとって思考を深めるとても大切な時間です。日頃考えている事柄やまとまっていない事柄、とりとめもない事柄など、色々なことを話しました。そのなかで大きな比重を占めたのが、互いが抱く、皮膚感覚で覚える「時代」の流れや趨勢についてだったように思えます。


時代。そんな言葉は、普段の生活で全く使わない単語かもしれない。少なくとも僕の日常単語トップ35には入っていない。とかく、眉唾もので面倒くさい印象すら覚えるし、合コンで言えば一気にドン引きされるかも。まぁ、合コンになんて、全然行ってないから(誘われても行かないけど)本当のところはどうかは知らないけど。


時代。今振り返れば、それと結ばれるだろうかと思える出来事がある。それは祖父に関すること。誰にとってもそうであるだろうが、祖父の存在はとても大きい。少なくとも僕にとっては、強さの象徴で憧れの対象でもある。今でもそれは一切変わらない。だが、強さの象徴である彼の嗚咽を一度だけ見たことがある。


それは僕が幼いころ、つまり今から20年近く前の出来事になる。その日、僕ら兄弟は祖父母宅の庭で花火をしていた。風のない、音のない静かな暑い夏の日で、火薬の匂いと煙は家中にこもっていた。縁側には、祖父を除いた家族全員がいた。おじぃちゃんはどこ?と祖母に訊いた。何も言わなかった。祖父の寝室の窓は不自然に全て閉まっていた。すきまから覗くと、布団に包まった祖父がいた。驚くほど、大きな声で泣いていた。暗闇でも分かるほど震えていた。どうしたの?と聴くと、彼はカヤクと答えた。何度も何度も。祖父から戦争の話を聴いたことは全くない。でも、それで十分だと思った。何も訊く必要はないし、きっと何も話してもくれないだろうと思っている。彼の生きた時代、経た時代。記された言葉は何も伝えてはくれないと思った。


時代。百年に一度の大不況、と常套句のように伝えられる。もちろん祖父の過ごした時代と比較することは無意味だと分かっている。でも、問われる自分自身の生き方や信念は変わらない。それまで当たり前のように存在した、メディアに作り上げられた「幸せの文脈」は、もはや通用しないのではと思う。


時代を生き、めまぐるしい流れのなかで、なんくるないさ*1を強く意識し、僕が求める「時間の流れのはやい場所」*2を明確にする瞬間だと信じている。

リセッション、デプレッションというイヤな響きの言葉は、どうしても人を内向きにする。だが、そういったときこそ、しゃにむに「がんばる」のではなく、自らと外部との関係を考え、「外向き」に思考し、行動することが重要だと思う。新鮮な空気を吸うためには、外に出る必要がある


「無趣味のすすめ」p.191 勝手に強調付き

*1:http://d.hatena.ne.jp/Ryu-Higa/20080721/1216618456

*2:http://d.hatena.ne.jp/Ryu-Higa/20090328/1238332396