読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

物事に向かう姿勢、そして形成される「人格」と。

久しぶりに大切な友人たちと言葉を交わした。
それは顔を合わせ言葉を交わしたり、手紙やメールで言葉を交わしたり、僕自身の記憶の中で言葉を交わしたり。


今がどういった状態なのか、それを客観的に観ることができるようになってきたと思う。友人が表してくれるように車のアクセルペダルで言うとところの「あそび」が出てきたのかなと感じたりする。


その「あそび」が僕にどういった影響を与えているだろうか、と考える時間が多くなった。

内省が増え、上京してから振り返らなかった物事に、対峙する時間ができたと断言してもいいと思う。それは休日に溜まりたまった洗濯物を片付ける作業に似ている。天気が良い日は早く片付くし、悪い日は一向に減らない。普段の生活では一瞥すらしない汚れや、時間とともにアクセントとなってしまった汚れに気付く。付いた経緯を思い出し、手の込んだ洗い方を選択せざる得ない状況になったり、遅々として作業は進まない。


僕が望んだ物事に向かう「姿勢」と、そして形成される「人格」は果たしてどうなったのか。
そんなことを考える時間が増えた。


発する言葉に矜持や高潔さを失い、素直な心を侮蔑し、ただただ流れる時間を無為に見過ごす時間ばかりだった。思い通りに進まない状況を嘆き、他人を指差し、「お前より優れているんだ」と勝ち負けで物事を判断する生き方を肯定してばかりだった。


そんなちっぽけな自分を感じ入る日々ばかり過ごして、改めて僕が示す「姿勢」とは一体何なのかと考え入る長い週末だった。この時間が僕の内側に形成される「人格」に、きっと良き方向に働くことを願って、文字として残しておきたい。