読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

金子さん

先週の金曜日、金子さんに会った。約五ヶ月ぶりだった。あんな楽しい時間は久々だった。心の奥深くに言葉を受け入れ、より良く生きるにはどうすればいいのだろうと話し合ったのはいつぶりだろうか。東京にきてから、こんな素晴らしい時間を過ごすのはどれぐらいぶりだろうか。


この一週間、彼と交わした言葉をずっと考えていた。言い方をかえれば、どうして一週間も考えることができたのだろうか。

以前、僕は入院中の彼に「読書の時間を意図的につくるとあったので」と伝え、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)」を送った。村上春樹が揺れるポニーテールを眺めながら、人生を真に実りあるものにするには何を受け入れるのかを記した章にしおりを挟み、彼に送った。彼はそのことをしっかり憶えてくれており、丁寧にそのことに感謝を述べ、そしてお返しにと「ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち」を僕に手渡してくれた。袋から取り出した時、笑みが溢れるとはこのことかと自分でも恥ずかしくなってしまった。手に取っているものはずっと気になっていた本だった。志向性の近しさに対して嬉しく思ったし、なりより彼もまた琴線に触れる箇所にしおりを挟んでいたことがより笑みを大きくした。「お互い、粋ですね」と気持ちよく笑った。

彼に限らず、誰にでも「好奇心を大切にしろ」と言いたい。「感じ方」がにぶらないように、最大限注意を払うべきだ。
比嘉君 - 刺身☆ブーメランのはてなダイアリー

彼からの贈り物にもあった「好奇心」という言葉、個人としての仕事の在り方、様々な疑問を素直に彼にぶつけた。僕の考えをしっかりと聴き入れてくれ、多くの人は語らない(語れない)であろう結論に至る細かい機微、思考の流れを一つひとつゆっくりと紡いでいく彼の話し方に自然と引き込まれて行った。同僚として時間を過ごしたはずだったけど、その時はこんな時間を持たなかったのが不思議ですねと笑いを挟みながら、お互いの志向性の示し、多くの質問をし、纏まらない悩みを素直に伝え、丁寧な回答をまた心の奥深くに入れ、また質問をしてー。対話が螺旋階段のように続くのであれば、まさにあれは対話のあるべき姿であり、先輩と後輩のそれであり、信頼を憶えるとはまさにこの流れから発生するのではと感じていた。


特に心に焼き付いている彼の言葉はこんな感じだった。

東京にきた当時より刺激にも慣れて、あの頃とは同じではないよね。比嘉君が考えていないわけじゃない。考えなくなったわけでもない。刺激が少なくなっているのに、あの頃の自分と同じように興味・関心を強く抱き続けることは難しいよ。

なんてことはない会話のひとつだった。でも振り返ると、あれは受け入れることについて語っていたことに気付いた。村上春樹が揺れるポニーテールを眺めながら人生を実りあるものにするには何を受け入れるのか感じた部分の核心ではないか、と。いつしかブログも書かなくなり、人と奥深い部分で会話をすることもなくなり、語彙が色褪せていき、目標がなくなりつつあった中で彼と交わした言葉はとても大きいものだった。一週間、ずっとその「受け入れるとはどういうことなのか、僕の好奇心はいったいどこにあるのか」を考えていた。改めてその意味を知ることができた。


金子さん、ありがとうございました。また会いましょう。きっとまた笑顔で話ができると思います。


♪ Tha Blue Herb - Ame Ni Mo Makez