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読谷の飛行場に想う。

躊躇したら負けなので、とりあえずベンチプレス100㌕を目標にしています。

Twitterとブログの違いについて

これが一番で、それ以外はやる必要がない、という単純なことではないけどね。

短い文字数に業務でも生活上でも囲まれ、それらに慣れる中で、考えることが細切れになり、以前より物事一つひとつに対して淡白になっていると思う。もちろん独り身の時と比べれば、頭のなかで好きなだけ悶々と出来るわけでなく、実際的な決断をする機会が増えたことも十分に影響しているとは思うけれど。それにしても思慮浅くなったものだと、自分自身を省みて、感じる。

日々、生活を「点」として残すことは素敵なことだと思う。それら点をしっかり繋げ、思考を深め、家族が不自由ない生活を続けることが出来るかどうかは、やはり自分自身の言葉で説明できるほど深く深く、戦略的に物事と親身に関わる必要があると感じた。久々に「螺旋状」という言葉にふれることが出来ことも良かった。

ツイッターとブログの違いについて (内田樹の研究室)

Twitterは多くの場合携帯で打ち込んでいるが、これはアイディアの尻尾をつかまえることはできるが、それを展開することができない。

Twitterは水平方向に「ずれて」ゆくのには向いているが、縦穴を掘ることには向いていない。
そんな気がする。
ブログは「縦穴を掘る」のに向いている。
「縦穴を掘る」というのは、同じ文章を繰り返し読みながら、同じような文章を繰り返し書きながら「螺旋状」にだんだん深度を稼いでゆく作業である。

分岐点にまで戻って、その「違うプロセスをたどって深化したアイディア」の背中を追いかけるというのは、ものを考える上でたいせつな仕事だ。

「起きてもよいのに、起きなかった出来事」のリストを思いつく限り長くすることは知性にとってたいせつな訓練だ。
「起きてもよいことが起きなかった理由」を推論する仕事は「起きたことが起きた理由」を推論するのとはかなり違う脳の部位を使用するからだ。